骨を拾い、骨壺に納められた遺骨は、火葬場から自宅や寺院へと運ばれます。骨上げの儀式が終わったからといって、供養が終わるわけではありません。自宅に戻った骨壺は、通常「後飾り祭壇(中陰壇)」と呼ばれる仮の祭壇に安置されます。この祭壇には白い布が掛けられ、遺影、位牌、香炉、花立、そして骨壺が置かれます。骨を拾ったときの重みを忘れないうちに、遺族は毎日この祭壇の前で手を合わせ、線香を絶やさないように努めます。四十九日の忌明けまでは、故人の魂が現世と来世の間を彷徨っている期間とされており、遺族が骨を拾い上げたときと同じような、丁寧で慎み深い接し方が求められます。この期間中、骨壺の蓋をむやみに開けることは避けるべきですが、もし結露などで湿気が気になる場合は、風通しの良い場所に置くなどの配慮が必要です。骨を拾うという強烈な体験の後、自宅に遺骨があることは、遺族にとって「故人がまだそばにいる」という感覚と「もう話すことができない」という喪失感の両方を与えます。この二面性こそが、グリーフワーク(悲しみの仕事)において重要です。骨壺に話しかけ、食事を供えることで、遺族は少しずつ「死」を日常の中に組み込んでいきます。四十九日法要を終えると、遺骨はお墓へと納骨されます。お墓がない場合は、納骨堂へ預けるか、あるいは永代供養、散骨といった次のステップへ進みます。納骨の際、再び骨壺を手に取ることで、火葬場でのあの収骨の瞬間を思い出すことでしょう。骨を拾うことから始まった一連の供養は、納骨という「土に返す(あるいは自然に返す)」行為で1つの区切りを迎えます。しかし、骨を拾った箸を通じて感じた故人の存在感は、お墓の中へ消えてしまうわけではありません。それは、法要を重ねるごとに遺族の心の中で浄化され、守護霊のような温かい存在へと変化していきます。骨を拾うという体験は、故人を「遺体」から「遺骨」へ、そして「仏(先祖)」へと昇華させるための、最初で最後の肉体的なコンタクトです。四十九日までの日々を骨壺と共に過ごすことは、その変化を遺族がゆっくりと受け入れるために必要な、神聖な時間なのです。