私は霊柩車の運転手として、これまで3000回以上の出棺に立ち会ってきました。私たちの仕事は、単に遺体を運ぶことではありません。故人様にとっての「人生最後のドライブ」を、いかに静かに、丁寧に、そして安全に遂行するかという重責を担っています。この仕事を続けていると、ご遺族から心付けをいただく機会が今でもあります。多くの場合は、出棺の直前に喪主様が歩み寄られ、小さなポチ袋をそっと手渡してくださいます。「父を安全に送ってください。お願いします」という言葉と共に受け取るその袋には、単なるお金以上の、重い願いが込められているのを感じます。正直に申し上げれば、私たちは会社から給料をもらっていますから、心付けがなくてもサービスの質を落とすことはありません。しかし、心付けをいただいた瞬間、私たちの背筋はより一層伸びます。それは、ご遺族が私たちの仕事をプロフェッショナルとして認め、信頼してくださったという証だからです。いただいた心付けは、仕事終わりのコーヒー代にしたり、仲間との打ち上げの足しにしたりしますが、そのお金を使うたびに、あの時お送りした故人様と、涙ながらに頭を下げられたご遺族の顔が浮かびます。一方で、最近は「心付けを渡さなければ失礼なのではないか」と義務感で無理をされているご遺族も見受けられます。そのような時は、むしろ心苦しく感じます。悲しみの中で、そこまで気を遣わせてしまったのではないかと思うからです。私たちにとって最高の「心付け」は、目的地に到着した際に、ご遺族が霊柩車を振り返り、無言で深くお辞儀をしてくださる姿です。その一瞬の沈黙に、言葉以上の感謝が凝縮されているのを感じ、この仕事を続けてきて良かったと心から思います。また、過去には心付けの代わりに、故人様が大好きだったというお菓子や、家庭菜園で作った野菜をいただいたこともありました。それらは現金以上に温かく、私たちの心に深く刻まれています。心付けという慣習が今後どうなるかは分かりませんが、送り出す側と送る側が、互いに敬意を払い、短い時間ながらも心を通わせるという文化は、形を変えても残ってほしいと願っています。私たちは今日も、胸ポケットにいただいた感謝の言葉を詰め込んで、故人様の最後の旅路を静かに支え続けています。
霊柩車の運転手として受け取る心付けの記憶と矜持