先日、叔父の葬儀に親族として参列した際、家族と相談して和装で臨むことにしました。これまで参列者として洋装で出席したことは何度もありましたが、今回は故人のすぐそばに控える立場として、最も格式高い装いで見送りたいと考えたからです。実際に着物を着てみて感じたのは、周囲に与える印象の大きさと、自分自身の心の持ちようの変化でした。式場に入った瞬間、受付の方や他の親戚の方々の視線がいつもとは違うことに気づきました。言葉には出さずとも、その場が引き締まり、格別な敬意を払われているような感覚がありました。私自身も、黒い喪服に身を包んだことで、単に「悲しい」という感情だけでなく、親族として場を支えなければならないという責任感が芽生えました。具体的に準備したものは、五つ紋の黒喪服一式です。帯締めや帯揚げも金銀のない純黒のものを用意し、草履は底が少し厚めでクッション性のあるものを選びました。これは、葬儀の受付や応対で意外と立ち歩く機会が多いことを想定しての選択でしたが、結果的に大正解でした。着付けはプロにお願いしましたが、その際、喪主側であるため、あまり着丈を短くしすぎず、ゆったりと落ち着いた着こなしにするよう依頼しました。式の最中、焼香や参列者への挨拶などで動くことが多かったのですが、着物は不思議と動作をゆっくりにしてくれるため、慌ただしい中でも落ち着いて対応することができました。1つ気になったのは、雨天だったため裾の汚れを心配したことですが、会場内はカーペットが敷かれていたため問題ありませんでした。また、移動の際は裾を少し持ち上げて歩くなどの工夫をしました。葬儀後の食事会、いわゆる精進落としの席でも、着物は着崩れることなく綺麗な状態を保てました。周囲の親戚からは「やはり和装はいいわね、叔父さんも喜んでいると思う」と言ってもらえ、その一言で準備の苦労も報われた気がしました。今回、実例として感じたのは、葬儀での着物は単に自分が着たいから着るのではなく、場を整え、遺族としての誠意を形にするための強力なツールであるということです。確かに洋装に比べれば費用も手間もかかりますが、それ以上の精神的な充実感と、故人への最高の供養ができたという確信を得ることができました。もし将来、大切な家族を亡くした際には、迷わず和装を選びたいと思います。それは、日本人が代々大切にしてきた、目に見えない絆を確認するための最も美しい方法の1つだと思うからです。
親族の葬儀で着物を着た際の実例と感想