葬儀の場で、私たちがご遺族にお悔やみの言葉を述べると、多くの場合、ご遺族からは「恐れ入ります」「ありがとうございます」といった、お礼の言葉が返ってきます。深い悲しみの中で、気丈に、そして丁寧に、一人ひとりの弔問客に対応するその姿には、頭が下がる思いがします。しかし、この時、私たちは、ご遺族から返ってくる「ありがとう」という言葉の、本当の意味を、深く理解しておく必要があります。ご遺族が口にする「ありがとう」は、必ずしも、私たちの慰めの言葉が、その悲しみを軽くしたことへの感謝ではありません。それは、多くの場合、深い悲しみを抱えながらも、社会的な役割(喪主や遺族としての務め)を果たそうとする、必死の思いから発せられる、儀礼的な応答なのです。彼らは、心の中では、悲しみや混乱、怒りといった、様々な感情の嵐に苛まれています。その中で、社会人として、あるいは一家の代表として、「しっかりしなければならない」という強い責任感から、感謝の言葉を口にしているのです。したがって、私たちは、ご遺族からのお礼の言葉を、決して期待してはなりません。また、「ありがとう」と言われたからといって、「自分の言葉で、相手を少しでも元気づけられた」と、安易に自己満足に浸るべきでもありません。むしろ、「こんなに辛い状況なのに、わざわざお礼の言葉を言わせてしまって、申し訳ない」という、謙虚な気持ちを持つべきです。そして、もしご遺族が、涙を流すばかりで、何も言葉を返せなかったとしても、それを「失礼だ」などと、決して思ってはなりません。それこそが、ご遺族の、ありのままの、正直な心の状態なのです。私たちにできるのは、ただ、お悔やみの言葉を一方的に、そして静かに捧げ、相手からの応答を求めることなく、そっとその場を離れること。ご遺族を、これ以上疲れさせない。その静かな配慮こそが、葬儀の場における、最も成熟した、そして最も優しいコミュニケーションの形なのです。