現代では、ほとんどの人が「お通夜」と聞いて思い浮かべるのは、夕刻から多くの弔問客を迎えて行われる、儀式的な「半通夜」のことでしょう。しかし、伝統的な葬儀の流れの中には、その前段階として、「仮通夜(かりつや)」と呼ばれる、もう一つの静かな夜が存在します。仮通夜とは、故人が亡くなられた当日の夜、あるいは翌日の本通夜までの間に、ごく近しい家族や親族のみで、故人に付き添い、静かに過ごす時間のことを指します。まだ葬儀の日程が確定していなかったり、遠方の親族が到着する前であったりする段階で行われる、きわめてプライベートで、内輪の儀式です。この仮通夜の最大の目的は、多くの弔問客への対応に追われることなく、家族水いらずで、故人との最後の時間を心ゆくまで過ごすことにあります。突然の別れに直面し、混乱と深い悲しみの中にいる家族が、少しだけ時間をおいて、その死という現実と向き合い、それぞれの心の中を整理するための、かけがえのない時間なのです。かつて、葬儀が自宅で行われるのが当たり前だった時代には、ご遺体を自宅に安置し、その夜に家族が集まって過ごす仮通夜は、ごく自然な流れでした。家族は、故人の枕元で、思い出話をしたり、ただ黙って寄り添ったりしながら、静かな夜を過ごしました。しかし、現代では、ご遺体を病院から直接、斎場の安置施設へと搬送するケースが増え、自宅にご遺体が戻らないことも珍しくありません。そのため、この「仮通夜」という慣習自体が、省略されたり、あるいはその存在すら知られなかったりすることも多くなっています。もし、ご遺体を自宅に安置することが可能であれば、本通夜の前に、この静かな仮通夜の時間を持つことは、ご遺族のグリーフケアの観点からも、非常に有意義なことと言えるでしょう。誰に気兼ねすることもなく、泣きたい時に泣き、語りたい時に語る。その濃密な時間が、翌日からの慌ただしい儀式を乗り越えるための、大きな心の支えとなってくれるはずです。
仮通夜とは何か、家族だけで過ごす静かな時間